組長襲名 ― 2008年02月05日
土曜日、現組長が家に来て、次期組長になって欲しいと頼まれた。町内会の。前もそうだったが、引っ越した次の年には、だいたい頼まれる。新参者は断りにくいしね。他二軒あたったけど、赤ちゃんがいるからとの理由で断られてうちに来たと、お願いされた。特に断る理由もないし、いずれはまわってくるものだから、しょうがないなとOKすると、よろしくお願いしますと一枚の紙を渡された。そこには、次期町内会役員の会合予定が。・・・2月10日午後7時30分から・・・。あら〜、Mojo Westのライヴ見に行けへんやん。これでますます誘いが減るな。
三匹の子豚 ― 2008年02月06日
日曜日。北大路の北文化会館へ「劇団カッパ座公演・さんびきのこぶた」の人形劇を見に行った。可動式の座席を収納したホールは、体育館としても使えるようで、バレーなどのコートを印す色テープが床に貼ってあった。そこに、前半分はござ、後ろはパイプ椅子を並べてある。結構な人で、当日券は入り具合により販売するかどうかわからないと言っている。当日券を買おうとしているお母さんが、困った顔をしていた。楽しみにして来た子供たちがかわいそうだな。うちはチケットを取り置きしてもらっておいたので、そんな心配も無かった。でも、きっちりと席が決まっているわけではないので、結局みんな入れたようだ。
公演は二部構成で、第一部が歌と遊び。童謡やアンパンマン、手遊び歌など。途中2mはある巨大な風船が10個程会場に飛び出して来た。子供たちはキャーキャー言いながら、その風船を突き飛ばす。なかなかこっちに来ない。あっ、チピラの好きなピンクの風船が来た!エイ!!力一杯突き飛ばす。ヨースティーの方にも来ないかな〜。待ってるけど全然来ない。と、突然黒い影に覆われたと思うと、オレンジの風船が真上にあった!ヨースティーも、ヤー!と元気よく突き飛ばし、やった〜、やった〜とバンザイして喜んでた。来ないかな〜って待ったけど、風船の時間は終わり。手遊び歌に戻ったけど、ずっと風船でも良かったな。
第二部は人形劇。着ぐるみの人形劇だが、この劇団の人形は、目と口が独自に動くと言うのが特徴らしい。なるほど、台詞に合わせて口がぱくぱく、目がぱちくりと動いている。遠隔操作かな?「さんびきのこぶた」の話はご存知の通り。子豚や狼が会場に降りて来たり、風で家を吹き飛ばすシーンでは、ヨースティーが「ウワー」と叫んだり、結構楽しんでくれたかな。終演後、ロビーで子豚と握手。帰り道、チピラが「うちの家は木やから、嵐が来たら壊れちゃうな〜」って心配してた。
公演は二部構成で、第一部が歌と遊び。童謡やアンパンマン、手遊び歌など。途中2mはある巨大な風船が10個程会場に飛び出して来た。子供たちはキャーキャー言いながら、その風船を突き飛ばす。なかなかこっちに来ない。あっ、チピラの好きなピンクの風船が来た!エイ!!力一杯突き飛ばす。ヨースティーの方にも来ないかな〜。待ってるけど全然来ない。と、突然黒い影に覆われたと思うと、オレンジの風船が真上にあった!ヨースティーも、ヤー!と元気よく突き飛ばし、やった〜、やった〜とバンザイして喜んでた。来ないかな〜って待ったけど、風船の時間は終わり。手遊び歌に戻ったけど、ずっと風船でも良かったな。
第二部は人形劇。着ぐるみの人形劇だが、この劇団の人形は、目と口が独自に動くと言うのが特徴らしい。なるほど、台詞に合わせて口がぱくぱく、目がぱちくりと動いている。遠隔操作かな?「さんびきのこぶた」の話はご存知の通り。子豚や狼が会場に降りて来たり、風で家を吹き飛ばすシーンでは、ヨースティーが「ウワー」と叫んだり、結構楽しんでくれたかな。終演後、ロビーで子豚と握手。帰り道、チピラが「うちの家は木やから、嵐が来たら壊れちゃうな〜」って心配してた。
すんごいヴォーカリスト ― 2008年02月10日
アルファベットをそのまま使ったページには、迷惑書き込みが多い。ほとんど同じ内容だと思うので、機械的に送られてくるのだろうが、ご苦労なことだ。いや、相手は機械で送って来るから、削除するこっちが苦労するのか。コメント欄宛は、少ないが、トラックバックは一晩で10件程になったので、去年からトラックバック出来ないようにした。元々、トラックバックの必要性と言うか、意味もわからないのでちょうどいい。類似する記事を知らせたければ、コメント欄にリンクを貼ればいいことだし。
で、今日もひとつ、外国人から訳のわからない書き込みが。名前が「フレディ・ペリー」う〜ん、もしかすると、すごいヴォーカリストなのかもしれない。
で、今日もひとつ、外国人から訳のわからない書き込みが。名前が「フレディ・ペリー」う〜ん、もしかすると、すごいヴォーカリストなのかもしれない。
帰って来たヨースティー ― 2008年02月21日
ヨースティーが帰って来た。風邪をこじらせて入院して一週間。やっと退院できた。
2月6日の深夜、突然の嘔吐と高熱。熱は40.1度まで上がっていた。とりあえず解熱剤を投与すると熱は引き、翌朝は平熱でいたって元気だった。念のため医者へいき薬を処方してもらう。次の週、12日深夜に再び嘔吐と高熱。前回からその間まで、熱もなく元気だったのに・・・。解熱剤で熱は引き、また翌朝は平熱に戻り元気も食欲もあったので保育園へ。その日は祖父母に見せる生活発表会と言う園児の劇の日だった。午後から再びかかりつけの小児科へ行くが、普段通りなので、軽い風邪としか診断しようがない。しかし、耳が若干赤いので、近くの耳鼻科を受診した。
そして14日。保育園からヨースティーが39度の熱を出したと電話がある。急いで連れて帰り、解熱剤で様子を見る。しかし、今回は熱は一旦引くが、2〜3時間で再び39度台に。解熱剤は、最低6時間の間隔をあけなければならないので、頭や脇を冷やしてやる。夜9時過ぎに再び解熱剤を投与するが、やはり2〜3時間で再び高熱に。熱が出るのは、身体の抵抗反応なので、むやみに熱を下げない方がいいと言うこともあり、様子を見ながら朝まで解熱剤は我慢した。しかし、いっこうに下がる気配がないので、朝7時半に再び解熱剤を。10時半にいつもの小児科を予約してチピラを保育園に送って行く。が!行きたがらない。仕方なく実家に預けて、ヨースティーを医者へ。
耳がかなり赤くなっているようで、胸の音も雑音が聞こえるから、レントゲンを撮って詳しく調べた方がいいと、紹介状をもらい総合病院へ。そこは以前、ボタン電池を飲み込んだ時にお世話になった病院だ。昼寝の時間と重なり、ヨースティーはかなり機嫌が悪い。まず小児科で診てもらい、耳鼻科へ。右が中耳炎になり、かなり悪いので、鼓膜を切開して膿を出すことに。局部麻酔をするとは言え、暴れないように抱きかかえたヨースティーの耳にメスが入り、泣き叫ぶ姿はかわいそうでたまらない。
その後ジュースを買って機嫌を取り、レントゲンを撮った。再び小児科へ戻ると、点滴をするので外で待っていてくださいと言われる。なかなか針が刺さらず、また泣きわめく声が。ヨースティーは点滴のチューブをつけて隣の診療室で疲れて寝てしまった。そこで主治医の先生が「軽いですが、肺炎の一歩手前です。中耳炎も投薬ではなかなか治らないので、入院して4〜5日点滴で投薬した方がいいです」と言われた。え〜!明日16日は、生活発表会の劇の本番、結婚記念日、サイコキのライブと色々あるのに。しかし、ヨースティーのため、根本から直そうと言う医者の提案をのみ、入院することにした。
2月6日の深夜、突然の嘔吐と高熱。熱は40.1度まで上がっていた。とりあえず解熱剤を投与すると熱は引き、翌朝は平熱でいたって元気だった。念のため医者へいき薬を処方してもらう。次の週、12日深夜に再び嘔吐と高熱。前回からその間まで、熱もなく元気だったのに・・・。解熱剤で熱は引き、また翌朝は平熱に戻り元気も食欲もあったので保育園へ。その日は祖父母に見せる生活発表会と言う園児の劇の日だった。午後から再びかかりつけの小児科へ行くが、普段通りなので、軽い風邪としか診断しようがない。しかし、耳が若干赤いので、近くの耳鼻科を受診した。
そして14日。保育園からヨースティーが39度の熱を出したと電話がある。急いで連れて帰り、解熱剤で様子を見る。しかし、今回は熱は一旦引くが、2〜3時間で再び39度台に。解熱剤は、最低6時間の間隔をあけなければならないので、頭や脇を冷やしてやる。夜9時過ぎに再び解熱剤を投与するが、やはり2〜3時間で再び高熱に。熱が出るのは、身体の抵抗反応なので、むやみに熱を下げない方がいいと言うこともあり、様子を見ながら朝まで解熱剤は我慢した。しかし、いっこうに下がる気配がないので、朝7時半に再び解熱剤を。10時半にいつもの小児科を予約してチピラを保育園に送って行く。が!行きたがらない。仕方なく実家に預けて、ヨースティーを医者へ。
耳がかなり赤くなっているようで、胸の音も雑音が聞こえるから、レントゲンを撮って詳しく調べた方がいいと、紹介状をもらい総合病院へ。そこは以前、ボタン電池を飲み込んだ時にお世話になった病院だ。昼寝の時間と重なり、ヨースティーはかなり機嫌が悪い。まず小児科で診てもらい、耳鼻科へ。右が中耳炎になり、かなり悪いので、鼓膜を切開して膿を出すことに。局部麻酔をするとは言え、暴れないように抱きかかえたヨースティーの耳にメスが入り、泣き叫ぶ姿はかわいそうでたまらない。
その後ジュースを買って機嫌を取り、レントゲンを撮った。再び小児科へ戻ると、点滴をするので外で待っていてくださいと言われる。なかなか針が刺さらず、また泣きわめく声が。ヨースティーは点滴のチューブをつけて隣の診療室で疲れて寝てしまった。そこで主治医の先生が「軽いですが、肺炎の一歩手前です。中耳炎も投薬ではなかなか治らないので、入院して4〜5日点滴で投薬した方がいいです」と言われた。え〜!明日16日は、生活発表会の劇の本番、結婚記念日、サイコキのライブと色々あるのに。しかし、ヨースティーのため、根本から直そうと言う医者の提案をのみ、入院することにした。
私も入院 ― 2008年02月22日
その日(15日)の午前中に終わると思っていたのに、受診や入院手続きなで、丸一日つぶれてしまった。ところが、こんな時に限って急ぎの仕事の電話が携帯に。基本的に病院内は携帯電話禁止。町医者ならともかく、大きな病院なので気を使う。しかし、点滴さしてネムネムモードで不機嫌の頂点のヨースティーから離れることが出来ないので、看護婦さんに確認しながらちょこちょこ電話をするが、間に合わなかった〜。あ〜、月曜日が大変だ。
しかし、そうも言ってられないので、妻に仕事が終わったら用意をしてくるようにメールを送る。しかし、入院となると、どちらかが病院でヨースティーの、もう一人が家でチピラの面倒を見なければならない。土日の昼間は私が病院に。妻は晩ご飯をチピラと食べてから、交代して病院に泊まることにした。夜は家でチピラの面倒を見なければならないので、土曜日のサイコキのライブと、日曜日のイムイムと罍(ライ)さんの結婚式もキャンセル。
ヨースティーはずっと点滴したままだが、元気はある。食欲もある。でも、ベッドから出られないので、かなりぐずる時もあった。そりゃそうだろう。こっちだって、じっとしているだけなのに、結構疲れる。急に走り出して、点滴のチューブが抜ける騒ぎなんかもあった。とにかく、元気があるのにじっとしているのは、かなりのストレスだ。でも、熱は連日38度台に上がっていた。
18日からは、昼間妻が病院で、夜私が病院とローテを入れ替えた。その日初めて、私は病院に泊まったわけだ。これも入院か?ヨースティーの入った病室には4人の乳児が入院していて、9時に消灯になる。だんだん廊下を歩く人の足音も少なくなり、静けさが広がる。と、廊下の向こうから、老婆らしい声で「誰か〜、開けて〜、助けて〜、*#+$%”&’%@」と言う叫び声が10秒に一回のペースで聞こえて来るではないか!最初ビックリしたが、看護婦さんたちは特に慌てた様子もない。その声は、延々11時頃まで続いた。どう言う患者か知らないが、怖すぎ。疲れているはずなのに、なかなか寝られず、ウトウトしたのが4時頃か。それでも、看護婦さんが巡回に来ると目をさましたので、寝たか寝てないかわからない。でも、ヨースティーはぐっすり眠っているようだ。
ヨースティーは、火曜日くらいから熱も出なくなり、徐々に回復して来た。やっと昨日点滴も外れた。やはりうっとうしいチューブがストレスになっていたのだろうか。私が着いた時には、遅い昼寝をしていた。5時前に寝たそうだが、ご飯の時も起きない。薬を飲まないといけないので、一時間ごとに起こしてみるが、目を開けては、またごろんと寝てしまう。熱はないし、しんどそうでもないので、そのまま寝ることにした。何と、ヨースティー、翌朝の6時前までぐっすり眠った。点滴が取れて、よっぽどホッとしたのだろうか。
そして昨日、午前中の回診で、無事退院の許可が出た。7日間缶詰だったヨースティーは、帰るなり大好きなトミカとプラレールで、ご飯もそこそこにずっと遊んでいた。お風呂にも入って大満足。夕方には、チピラが保育園から帰って来た。でもヨースティーを見てもチピラはそれほど感激もない様子。だって、ヨースティーはチピラが大好きだけど、チピラは既得権益を侵す侵入者としての目がまだ抜けないから。でも、我々がヨースティーばかり気にしている間の寂しさを我慢してくれたチピラも誉めてやらなくちゃ。
しかし、子供が入院すると、付き添わなければならないので大変だ。原因は風邪だろうが、またぶり返さないように気をつけてやらなくちゃ。
しかし、そうも言ってられないので、妻に仕事が終わったら用意をしてくるようにメールを送る。しかし、入院となると、どちらかが病院でヨースティーの、もう一人が家でチピラの面倒を見なければならない。土日の昼間は私が病院に。妻は晩ご飯をチピラと食べてから、交代して病院に泊まることにした。夜は家でチピラの面倒を見なければならないので、土曜日のサイコキのライブと、日曜日のイムイムと罍(ライ)さんの結婚式もキャンセル。
ヨースティーはずっと点滴したままだが、元気はある。食欲もある。でも、ベッドから出られないので、かなりぐずる時もあった。そりゃそうだろう。こっちだって、じっとしているだけなのに、結構疲れる。急に走り出して、点滴のチューブが抜ける騒ぎなんかもあった。とにかく、元気があるのにじっとしているのは、かなりのストレスだ。でも、熱は連日38度台に上がっていた。
18日からは、昼間妻が病院で、夜私が病院とローテを入れ替えた。その日初めて、私は病院に泊まったわけだ。これも入院か?ヨースティーの入った病室には4人の乳児が入院していて、9時に消灯になる。だんだん廊下を歩く人の足音も少なくなり、静けさが広がる。と、廊下の向こうから、老婆らしい声で「誰か〜、開けて〜、助けて〜、*#+$%”&’%@」と言う叫び声が10秒に一回のペースで聞こえて来るではないか!最初ビックリしたが、看護婦さんたちは特に慌てた様子もない。その声は、延々11時頃まで続いた。どう言う患者か知らないが、怖すぎ。疲れているはずなのに、なかなか寝られず、ウトウトしたのが4時頃か。それでも、看護婦さんが巡回に来ると目をさましたので、寝たか寝てないかわからない。でも、ヨースティーはぐっすり眠っているようだ。
ヨースティーは、火曜日くらいから熱も出なくなり、徐々に回復して来た。やっと昨日点滴も外れた。やはりうっとうしいチューブがストレスになっていたのだろうか。私が着いた時には、遅い昼寝をしていた。5時前に寝たそうだが、ご飯の時も起きない。薬を飲まないといけないので、一時間ごとに起こしてみるが、目を開けては、またごろんと寝てしまう。熱はないし、しんどそうでもないので、そのまま寝ることにした。何と、ヨースティー、翌朝の6時前までぐっすり眠った。点滴が取れて、よっぽどホッとしたのだろうか。
そして昨日、午前中の回診で、無事退院の許可が出た。7日間缶詰だったヨースティーは、帰るなり大好きなトミカとプラレールで、ご飯もそこそこにずっと遊んでいた。お風呂にも入って大満足。夕方には、チピラが保育園から帰って来た。でもヨースティーを見てもチピラはそれほど感激もない様子。だって、ヨースティーはチピラが大好きだけど、チピラは既得権益を侵す侵入者としての目がまだ抜けないから。でも、我々がヨースティーばかり気にしている間の寂しさを我慢してくれたチピラも誉めてやらなくちゃ。
しかし、子供が入院すると、付き添わなければならないので大変だ。原因は風邪だろうが、またぶり返さないように気をつけてやらなくちゃ。
オルガン・バラバラ事件 ― 2008年02月24日
23日、心斎橋でBTRとサンイヴのライブがあった。ヨースティーの退院が、後一日延びていれば、これもキャンセルのところだったが、幸い元気なので見に行くことが出来た。
出かける頃には、雪がちらちら。冷えるな〜。会場は、取引先のすぐ近く。地下鉄の駅を出ると、前から取引先の部長が!「まだ、がんばったはるんですか!」と驚かれてしまった。到着が6時20分頃になったので、BTRは半分諦めていたが、開演が押したようで、まだ始まってなかった。ラッキー!
BTRはRushのコピバンだ。ラッシュは一曲しか知らないが、たぶんそれはやらないだろう。案の定、すべて知らない曲だったが、周りにはファンがいるようで、曲が始まるごとに「おお」とか「うぉ」とか小さな歓声を上げていた。ここだけじゃなく、全体的にヴォーカルが小さめ。ギターは大きめ(笑)。ドラムの音がかなりデッドで、ボコボコした音が気になったな。でも、その辺を差し引いても、なかなか楽しそうな演奏で良かった。今回は、TOMさんが東京に転勤かもと言うことで、さよならかもライブだった。今年転勤予定の人多いな。去年転勤して、戻って来た人に「なんで戻って来たの?」と詰め寄るちらさんもいたし(笑)今回はTOMさんしらふと言うことで、満足のいく演奏だったようだ。
次はグランド・ファンクのコピバンだったが、割愛。そしてELPのコピバン、はじめちゃんのSons of Eveの出番。意外だが、大阪初ライブだったらしい。今回の目玉は「展覧会の絵」完全演奏。思い出すな〜。大学生のとき、5つ上の同級生、ハイウェイ・スターのキーボードソロまでギターで弾いちゃう宮本さん(実名)に、「お前、絶対ええから観ろよ〜」って強引にビデオを見せられたな〜。消息が分かっていれば、絶対誘ってたのに。残念。
今回は、はじめちゃんのベースもワイヤレスで、飛んだり、跳ねたり、こけたり自由自在。Voyagerさんもいつものようにハモンド、グワングワン揺らしたり、もう一台のオルガン引きずり回して、しまいには台と鍵盤部分がバラバラになって、それでも弾いてた。お決まりなのか、プリンセス天功もビックリの、鍵盤にナイフを指してのパフォーマンス。これらの演奏を見たジョージくんがかなり燃えていたな〜。いつか対決して欲しいな。
時間がかなり押したので、打ち上げには参加せず、小一時間程居酒屋へ。ギリギリ間に合った終電で駅に着くと雪。2センチ程つもってた。ああ、乗り遅れて淀行きだったら凍死してたかも。
出かける頃には、雪がちらちら。冷えるな〜。会場は、取引先のすぐ近く。地下鉄の駅を出ると、前から取引先の部長が!「まだ、がんばったはるんですか!」と驚かれてしまった。到着が6時20分頃になったので、BTRは半分諦めていたが、開演が押したようで、まだ始まってなかった。ラッキー!
BTRはRushのコピバンだ。ラッシュは一曲しか知らないが、たぶんそれはやらないだろう。案の定、すべて知らない曲だったが、周りにはファンがいるようで、曲が始まるごとに「おお」とか「うぉ」とか小さな歓声を上げていた。ここだけじゃなく、全体的にヴォーカルが小さめ。ギターは大きめ(笑)。ドラムの音がかなりデッドで、ボコボコした音が気になったな。でも、その辺を差し引いても、なかなか楽しそうな演奏で良かった。今回は、TOMさんが東京に転勤かもと言うことで、さよならかもライブだった。今年転勤予定の人多いな。去年転勤して、戻って来た人に「なんで戻って来たの?」と詰め寄るちらさんもいたし(笑)今回はTOMさんしらふと言うことで、満足のいく演奏だったようだ。
次はグランド・ファンクのコピバンだったが、割愛。そしてELPのコピバン、はじめちゃんのSons of Eveの出番。意外だが、大阪初ライブだったらしい。今回の目玉は「展覧会の絵」完全演奏。思い出すな〜。大学生のとき、5つ上の同級生、ハイウェイ・スターのキーボードソロまでギターで弾いちゃう宮本さん(実名)に、「お前、絶対ええから観ろよ〜」って強引にビデオを見せられたな〜。消息が分かっていれば、絶対誘ってたのに。残念。
今回は、はじめちゃんのベースもワイヤレスで、飛んだり、跳ねたり、こけたり自由自在。Voyagerさんもいつものようにハモンド、グワングワン揺らしたり、もう一台のオルガン引きずり回して、しまいには台と鍵盤部分がバラバラになって、それでも弾いてた。お決まりなのか、プリンセス天功もビックリの、鍵盤にナイフを指してのパフォーマンス。これらの演奏を見たジョージくんがかなり燃えていたな〜。いつか対決して欲しいな。
時間がかなり押したので、打ち上げには参加せず、小一時間程居酒屋へ。ギリギリ間に合った終電で駅に着くと雪。2センチ程つもってた。ああ、乗り遅れて淀行きだったら凍死してたかも。
寒さも思い出に ― 2008年02月29日
今日は暖かかった。気温10度くらいだろうか。日が暮れてもそのくらいの気温だと、自然の全くない梅田界隈を歩いていても、さすがに春の近さを感じる。10度は、夕暮れに散歩するのには最適な温度だ。なぜか無性に焼き鳥やビールが欲しくなる。それは、この気温が夜桜を思い出させるから。そんなことを思いながら歩いていた。
バイクで走るのは15度が一番好き。エンジンの調子がいいから。本当は20度くらいの方が、気持ちいいんだけど、気持ちも引き締まる15度がいい。
冬の真夜中の散歩は5度がいい。晴れていれば星もきれいだ。でも7度だともう春の気配。たった2度なのに、不思議と気分が変わる。大好きな冬が去り、大好きな春がやって来る。
バイクで走るのは15度が一番好き。エンジンの調子がいいから。本当は20度くらいの方が、気持ちいいんだけど、気持ちも引き締まる15度がいい。
冬の真夜中の散歩は5度がいい。晴れていれば星もきれいだ。でも7度だともう春の気配。たった2度なのに、不思議と気分が変わる。大好きな冬が去り、大好きな春がやって来る。
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