アイ・ワナ・ノウ...72010年07月30日

このTシャツ。ボロボロになるまで着てました。

前作「4」から3年半。その間に、ロサンゼルス・オリンピックの公式アルバムで、マラソンのテーマ「ストリート・サンダー」で参加したりしましたが、やはりリリースに間が空いた最大の理由は、プロデューサーの交代があったからでしょう。当初のプロデューサーは、イエスの「ロンリー・ハート」を手がけたトレヴァー・ホーンでした。ところが、ミックス・ダウンまで済んでいたテープをボツにして、新たにアレックス・サドキンを迎えてやり直したのでした。

  • 「プロヴォカトゥール(煽動)」(Agent Provocateur)
  • A面
  • 1. トゥース・アンド・ネイル (Tooth And Nail)
  • 2. イエスタデイ (That Was Yesterday)
  • 3. アイ・ワナ・ノウ (I Want To Know What Love Is)
  • 4. グローイング・アップ (Growing Up The Hard Way)
  • 5. リアクション・トゥ・アクション(Reaction To Action)

  • B面
  • 1. ストレンジャー・イン・マイ・オウン・ハウス (Stranger In My Own House)
  • 2. ラヴ・イン・ヴェイン(A Love In Vain)
  • 3. ダウン・オン・ラヴ (Down On Love)
  • 4. トゥー・ディファレント・ワールド (Two Different World)
  • 5. シーズ・トゥー・タフ(She's Too Tough)

1984年リリースのこの作品は、全米4位。300万枚の売り上げでした。シングルは、「アイ・ワナ・ノウ(I Want To Know What Love Is)」で、念願の全米1位を獲得。続く「イエスタデイ(That Was Yesterday)」は全米12位。「リアクション・トゥ・アクション」「ダウン・オン・ラヴ」は、共に全米54位にとどまりました。

前作でのシンプルさからガラッと変わった、飾り立てられた音と言うのが、このアルバムの印象です。関わった二人のプロデューサーが手がけたのが、フランキー・ゴーズ・トゥ・ハリウッドやデュラン・デュランと言うことから見ても、当時の音を取り入れたかったことはわかりますが、今までの路線とは、良くも悪くも変わってしまったことは否めません。ミック・ジョーンズも「新しいおもちゃを手に入れた子供みたいだった。ちょっとのめり込み過ぎてたね。」「最先端にこだわるあまり、ある意味行き過ぎてしまった。」と語っています。もっとロックの本流を行く音にしたかったルー・グラムとミック・ジョーンズの意見が合わなくなってきたのもこのアルバムからでした。しかし、リリースされたこの作品を聴くと、トレヴァー・ホーンのプロデュースは、一体どんだけやってたんだ?って興味もあります(笑)たぶん、今までとは全く違ったものだったんでしょうね。あちこちでオーケストラ・ヒットが鳴ってるとか(笑)

一般には、「ガール・ライク・ユー」のヒット以降、バラードが増えたと言われますが、収録曲を見ても、特にそうは思えません。彼らも、ソフト路線にチェンジしたと思われることは避けたかったようです。ただ、「トゥース・アンド・ネイル」や「リアクション・トゥ・アクション」など、ハードないい曲もあったのですが、シングル・カットされたのがバラード中心だったのは残念ですし、方向転換したと取られても仕方ありませんでしたね。これらのバラードに走ったから、人気が落ちたのだという意見もありますが、三ヶ月近く2位を記録したり、No.1になるような曲が原因で人気が落ちたとは考えにくいのです。本当は、ロックなナンバーが減った、シングルカットされなかったから、人気にかげりが出てきたのだと思います。

彼ら唯一の全米No.1ソング「アイ・ワナ・ノウ」でしたが、私は嫌いでした。ついでに言うと、「ガール・ライク・ユー」も、ジャーニーの「オープン・アームズ」も嫌いでした(爆)しかし、これらのバラードが、広い支持を受けていたのも確かで、ロック以外のアーティストがカバーしたのも、それが理由でしょう。「アイ・ワナ・ノウ」をWinkが「三日月の夜の小鳥たち」と言う題名で、日本語でカバーしていたのは、一部では有名な話です。それと、「アイ・ワナ・ノウ」のコーラスには、トンプソン・ツインズのトム・ベイリーが参加しているそうですが、どこに入っているんだろう(笑)

アイ・ワナ・ノウ...62010年07月28日

ELOのUFOもジュークボックスがモチーフだったな

連日、体温並の暑さに、日中はタオルが絞れるほど汗をかき過ごしていますが、夜はついクーラーの助けを借りてしまいます。ところが、それが悪かったのか、ここ10日ほど咳が止まりません。はぁ〜、ゲホゲホ。

さて第3回フォリナー・セッション in Osaka開催まで、後1ヶ月となりました。続々とエントリーも入り、これからラスト・スパートがかかる時期です。迷っているなら、とりあえずエントリー!

  • 「レコーズ」(Records)
  • A面
  • 1. つめたいお前 (Cold As Ice)
  • 2. ダブル・ヴィジョン (Double Vision)
  • 3. ヘッド・ゲームス (Head Games)
  • 4. ガール・ライク・ユー (Waiting For A Girl Like You)
  • 5. 衝撃のファースト・タイム(Feels Like The First Time)

  • B面
  • 1. アージェント (Urgent)
  • 2. ダーティー・ホワイト・ボーイ (Dirty White Boy)
  • 3. ジュークボックス・ヒーロー (Jukebox Hero)
  • 4. ロング・ウェイ・フロム・ホーム (Long, Long Way From Home)
  • 5. ホット・ブラッデッド(ライブ)(Hot Blooded)

「4」の翌年、フォリナー初のベスト盤「レコーズ」をリリースしました。ジュークボックスをモチーフにしたジャケットは、窓が開いていて、インナーに印刷された曲目が覗くと言う、ちょっと凝ったものでした。このアルバム、トップ20ヒットが10曲中9曲。トップ10ヒットに絞っても6曲と言う、これぞベスト盤と呼ぶにふさわしいものでした。収録されているのは、アルバムとはアレンジなどを変えたシングル・ヴァージョン。さらに「ホット・ブラッデッド」はライブ音源を収録と言う、今までのファンも納得の内容でした。その効果かどうか、売り上げは700万枚を記録しています。

鴻ノ巣山運動公園夏祭り2010年07月27日

24日の土曜日、鴻ノ巣山運動公園で夏祭りをやるというので行ってきた。ここは、クリスマスのイルミネーションが有名だが、夏祭りもやるとは知らなかった。城陽市が主催なので、出店も安い。

混雑を覚悟で行ったが、駐車場も空きあり。結構こじんまりとしている。かき氷食べたら帰りたいくらいだったが、その日は別の目的があった。大奈が出るのだ。と言っても、知らない人が多いだろうが、一応歌手らしい(爆)KBS京都で、月曜から木曜までの夕方「いいこと元気ちょうだいな」という番組を持っている。若いのに結構おばはん臭いしゃべりで、自身が作った曲やプロデュースした曲などを中心にかけるのだが、なんだ?ってのが多い。

じゃあ、なんで見に行ったかと言うと、チピラがその番組の中でやる「おやじなぞなぞ」というコーナーのファンなのだ。だから、チピラに生大奈を見せてやろうと出向いたのだった。

池のほとりのステージでは、まず、響きだったか、一世風靡みたいな踊りを踊っていた。服装は特攻服に着物羽織ったようなやつ。後ろででっかい団旗?振り回して、大将と見られる50すぎのおっさんが「そいや」「そりゃ」と間の手を入れたり、歌ったり。私は踊りは好きだが、どうもこの手の踊りは苦手だ。よさこいなんて大嫌い。内容というより、イメージ的に嫌いなんだな、たぶん。

で、それが終わるとバンドが出てきた。ロックン・ロールやオールディーズなどを演奏していたのだが、これが下手。いや、自分でもそれほどたいしたバンドやってないけど、それでも言いたい。だいたいチューニング合ってるのか?いくら無料のイベントだからって、これはあかんやろ。城陽市にはスーパー・ドラマーやスーパー・ギタリストいるぞ!紹介してやろうか!!

そして、やっと大奈の出番。チピラは「おやじなぞなぞやるかな〜」って、今日はいくら何でもやらないだろう(爆)ラジオと同じテーマ・ソングで登場。商店街や京野菜、京都パープル・サンガの応援ソングを歌うが、照明が後ろからなのでよく見えず(笑)チピラが「声が違う!」と言うが、MCになったら「声変えてたのか」と納得。今日はなぜか「声を変えて歌うことにした」と、裏声みたいな感じで歌ってた(爆)

おやじなぞなぞがないので、途中で帰るかと訊くと、あっさり帰ると答えた(笑)来年は・・・城陽のスーパー・ドラマーが出演していたら行ってもいいな(爆)

アイ・ワナ・ノウ...52010年07月26日

シングルのジャケットも1から始まってます

デビューから立て続けに数百万枚の売り上げを誇るアルバムを出し続けてきたフォリナーですが、この4枚目のアルバムで大きな転換を迎えました。オリジナル・メンバーであり、ある意味このバンドの目玉だったイアン・マクドナルドと、キーボードのアル・グリーンウッドが脱退したのです。

デビュー当初から注目されていたイアン・マクドナルドですが、曲作りという点では、それほど貢献していませんでした。それよりも、共同プロデュースやフルート、サックスの演奏が彼の持ち味でした。しかしその武器も、前作では聴く事が出来ません。ミックの話によると、イアンはフルートやサックスなどより、ギターをプレイしたがった。結局彼の一番の持ち味を出さなくなった。アル・グリーンウッドについても、同様の理由で辞めてもらったと語っています。

Wikipediaのダリル・ホールの話によると、スタジオにはイアン・マクドナルドとアル・グリーンウッドの二人が来て、彼らが帰ってから他のメンバーが来て作業していたけど、そのうち二人とも来なくなったそうな。別々に作業してでも、作品を作りたかったのか、それとも追い出したかったのかは定かではありませんが、このアルバム制作を始めた当初から関係がよくなかった事は、この話でもわかります。そして二人とも脱退となりました。脱退に関して似た話、どこかで聞いたことがある・・・。思い出した。チューリップの財津和夫がアマチュア時代に使った手だ(爆)当時財津は、よそに上手い人がいると、強引に引き抜いて、ダメだと思うと、嘘の練習場所を教えて辞めさせていったと言う逸話がありました(笑)

  • 「4」
  • A面
  • 1. ナイト・ライフ (Night Life)
  • 2. ジュークボックス・ヒーロー (Jukebox Hero)
  • 3. ブレイク・イット・アップ (Break It Up)
  • 4. ガール・ライク・ユー (Waiting For A Girl Like You)
  • 5. ルアンヌ (Luanne)

  • B面
  • 1. アージェント (Urgent)
  • 2. アイム・ゴナ・ウィン (I'm Gonna Win)
  • 3. ウーマン・イン・ブラック (Woman In Black)
  • 4. ガール・オン・ザ・ムーン (Girl On The Moon)
  • 5. ドント・レット・ゴー (Don't Let Go)

メンバーが4人になって4枚目だから「4」。一番有名なメンバーの脱退と言う、ネガティブなイメージが先に立ったこのアルバムですが、全米で700万枚(全世界で現在まで1500万枚以上)そして10週連続1位と、彼らの最大のヒット作となりました。

シングル・カットは「アージェント」が全米4位。そして、オリビア・ニュートン・ジョンの「フィジカル」とホール&オーツの「アイ・キャン・ゴー・フォー・ザット」に1位の座を阻まれ、10週連続2位を記録した悲劇のシングル「ガール・ライク・ユー」。その後も「ジュークボックス・ヒーロー」「ブレイク・イット・アップ」が共に全米26位。ここまでシングル出したら、全部行っちゃえ!って感じで出した「ルアンヌ」が全米75位でした。

おしくもNo.1を取れなかった「ガール・ライク・ユー」の製作にはこんな事があったそうです。ある日ミックが弾いていたピアノのメロディーが、どこかオリエンタルな雰囲気で、とても印象に残ったルーは、こっそりそれを録音しておきました。そして、「ガール・ライク・ユー」のサビで行き詰まったミックに、そのテープを聴かせて曲が出来上がったそうです。

私が好きなのは、ちょっと今までとは毛色の変わった「ブレイク・イット・アップ」。この曲は、化粧品「インウイ」のCMに使われ、テレビで流れる度に喜んでいました(笑)

4人になったからという訳ではないでしょうが、サウンドはギター主体に、結構シンプルに聴こえます。シンプルに聴こえますが、結構ギターも重ねてあり、特に「アージェント」などは、3〜4つの単音リフのアンサンブル。ディレイも絡んだシーケンシャルなフレーズに絡むサックスが、機械的雰囲気を絶妙な感じで和らげていますね。

結構硬派な印象のアルバムですが、「ガール・ライク・ユー」の驚異的なヒットが、その後のバンドの方向を決定づける事になったのでした。

アイ・ワナ・ノウ...42010年07月20日

このシャツの生地って・・・欲しい・・・

今回は、フォリナーの要であるミック・ジョーンズについて見てみましょう。フォリナーでデビューする前にも充分な経歴があり、そこへ行き着くまでは長い道のりがあったようです。

ミック・ジョーンズは1944年英国出身。レス・ポールに憧れ、10代にはバンド活動をしていました。やがてバンドは、フランスへ渡り活動を続けます。その後シルヴィ・バルタンのバンドに参加。初めての大舞台は、1964年のビートルズのフランス公演の前座でした。その公演で、彼のギターのストラップが切れ、ギターを落としてしまい、思わず英語で「#%$&*!」と叫んでしまいました。すると、その場にいたジョン・レノンが「お前イギリス人かいな!」と声をかけ、ビートルズが滞在した2週間あまり、同じホテルを手配してくれ、部屋でジャムったり、オフも行動を共にしたそうです。

その後ミックは、シルヴィ・バルタンの夫、ジョニー・アリディのバンドへ移りました。曲作りも精力的に行い、アリディのフランスNo.1シングルのうち3曲は彼のペンによるものでした。アリディは、自身の音楽性を高めるべく、ミックにアメリカでオーティス・レディングのバンドと作業させたり、イギリスで、まだセッション・ミュージシャンだったジミー・ペイジとジョン・ポール・ジョーンズと一緒にバンドを組ませてレコーディングをしたりしました。

フランスでポルシェを乗り回し、ゴルフ・コースがある郊外に家を持つほどに成功を収めたミック・ジョーンズは、ある日ゴルフをしながらふと考えました。「俺の人生これでええのか?24歳やのに、もう隠居生活やんか!」(私ならそれでいいと思いますが)そう思ったミックは、さっさとフランスに見切りを着け、イギリスへ戻ったのでした。

イギリスに戻ったミックは、スプーキー・トゥースの復活の手助けをする事になります。そして、スプーキー・トゥースでアルバムを3枚出しアメリカへ進出しますが、その後バンドは解散。その間にピーター・フランプトンの「ウィンド・オブ・チェンジ」やジョージ・ハリスンの「ダーク・ホース」のレコーディングに参加したりもしました。一時演奏活動を離れた後、レスリー・ウェストのバンドでギターを弾いたりもしましたが、そのバンドも長続きしませんでした。

仕事を失ったミックは、次にどうするか考えました。とりあえず曲を書き貯め、そろそろ自分のバンドを持ってみようかとメンバーを募りました。それが後にフォリナーとなります。デモ・テープを作り、レコード会社へ売り込みましたが、ことごとく断られたそうです。デビューする事になったアトランティック・レコードにも、一度断られています。ところが、たまたま彼らのテープを聴いたアトランティックの重役が、「このカセットにはNo.1ソングが入ってるよ!」と、一転契約、デビューとなりました。

その後の活躍は、フォリナーのアルバムで紹介している通り。ミックはバンド以外でも、ヴァン・ヘイレンの「5150」、ビリー・ジョエルの「ストーム・フロント」などプロデューサーとしても手腕を発揮。フォリナー休止中は、エリック・クラプトンの「バッド・ラヴ」を共作したり、ビル・ワイマンズ・リズム・キングスでプレイしたりしていました。そして2005年にジェイソン・ボーナム、ケリー・ハンセンらを迎えフォリナーを本格的に復活させ、2007年には来日公演。2009年には、14年振りの新譜を出し、今も精力的に活動を続けています。

歯を抜いたらプラグも抜けた!2010年07月19日

昨日は天満橋Raw TracksでShakee'sのライブをやった。マザー・ポップコーン系の新しいライブハウスらしく、横に広いステージは大所帯の我々にはゆっくり演奏できて良かった。対バン3組はメタル系の仲間の様で、他のメンバーは顔見知りが多いようだが、私は一人も知らなかった(笑)

天満橋は、学生時代バイトで5年間通った、懐かしい場所だ。もう20年も前になる。あの頃は、京阪の上に松坂屋があり、OMMビルの地下通路には、3×5mくらいの大きさの、ヘアヌードポスターが掲示してあった。あの頃は季節毎、年4回新作が出ていたが、今でもあるんだろうか?

そうそう、昨日は朝から小学校で、ドッチボール大会のボール拾い手伝いして、午前中で結構フラフラ。ライブはトリだが、持つだろうか?そんな心配も、ライブ・ハウスに付いて、クーラーに当たっていたら、ちょっと元気が出た。

他の2つは置いといて、私が注目したのは、3番目のLittle Sweetsと言うバンド。のギタリスト。リハで、最初にクリーンの音聴いて、フ〜ンと思い、歪みの音聴いて、ハァ〜ンと思い、弾いてるフレーズ聴いて、ホウホウと思った。彼は絶対エリック・ジョンソン・フリークだ!持ってるストラトは、シグネイチャーではなかったし、ペダルもマルチだったけど、絶対そうだ!ただ、オリジナルの曲になると、エリックっぽさが消えているのが非常に残念。いや、バンドは3人の女性ヴォーカルがメインなので、それに合わせているのか?いや、エリックっぽく弾いて欲しいな〜。

で、ラストの我々の時間。暑い中、大勢の人に来ていただき感謝。Shakee'sは、ノリ第一、演奏第二。お客さんには申し訳ないが、それを承知できてくださっていると解釈。セット・リストは

  1. Earthshaker
  2. 流れた赤い血はなぜ
  3. Wall
  4. ため息まじりの愛の中で
  5. More
  6. Gambler
  7. Fugitive
  8. Radio Magic

今回、自分のギターはモニターで返してもらってなかったので、ソロで前に出たとき、多少聴こえにくくなると覚悟はしていた。そして、最後のFugitiveでのソロ。前に出て行くと、やっぱり自分のギターは聴こえない。いや?聴こえなさすぎ??アンプの方を向くと、♪会長♪が、私のアンプに耳を向けている。鳴ってない??ふと見ると、シールドのプラグが抜けてる!!あわてて自分のギターのプラグを見るが、刺さってる。と言う事は、エフェクター側が抜けた??そんな事があるのか!ビックリしてプラグをつなぎ、ソロを弾き、事無きを得た(爆)

Shakee'sは、ノリのステージと言うことで、演奏もパフォーマンスも容姿もピカいちの♪会長♪のとなりで勉強させてもらっている。しかし、動きながら演奏は、かなり難しい。まあ、そうも言ってられないので、普段の私と比べて3倍は動いて弾いた(爆)のだが、ライブ後の感想で聞こえてきたのが「あのおじいちゃんがんばってたね」だと・・・。ああ、そういう風に見えてるんだね。

親知らずの心子知らず2010年07月14日

ヘル・レイザーは歯が命

空も明るく、シトシトくらいの雨かと思いきや、スコールの様な豪雨。それが去り、またシトシト降っていたら、いきなりどしゃ降り。京都市中心から北部では、もっとすごい雨だったようで、川が溢れたりしたみたいだ。そんな梅雨の日、夕方からどんより頭が痛い。痛みの原因はわかっている。昨日親知らずを抜いたのだ。

先週どうするかの判断を迫られて、後々腫れるなら取ってしまえ!と決心。抜くのに何時間もかかったとか言う話もあるし、後メチャメチャ腫れるという話もあるし・・・。とにかく、歯を抜くなんて数十年振りなので、不安ばかりが先に立つ。

診療台に座ると医者が「どうします、抜きますか?」と訊いてきた。こっちは抜く気満々で「抜きます!」って予約したのに・・・。「抜いた方がいいんですよね・・・」と訊くと、「そうですね・・・」と、あまり乗り気でない(笑)この歯医者、腕はいいと評判で、いらん治療もしないし、ぼったくる事も無い。患者の事を考えた治療するので、抜髄や抜歯はあまりやりたがらない。「ちょっと斜めに生えてるんで、抜きにくいかもしれませんし・・・」と、やっぱり抜きたくなさそう。しかし、ふたつにひとつなので「もう抜いてください」と頼んだ。

「小さいので、大丈夫でしょう」と早速麻酔をされたが、これが炎症起こしているところでグリグリされて、えらく痛い。しかし、声も出さずにじっとがまん。外側の次は中側で、これまた同じように痛い!そして、いよいよ抜歯。どうやっているかわからないが、てこの原理っぽく感じたので、歯茎の横からブッ差して、ゴリゴリ抜いているのかな?斜めなので、削ったりするのかと思ったが、そのまま抜くようだ。引っぱられる歯、抜かれるかと抵抗する様が上あごの骨に伝わってくる。かなり踏ん張っていたが、ヌトッという感触とともに、踏ん張っていた歯も脱力。案外時間はかからず、2〜3分ほどだった。

家に帰って、歯を抜いた事を子供たちに話すと「じゃあ、お父ちゃんも新しい歯が生えて来るの?」って。チピラはちょうど生え変わり時期。ヨースティーも、クラスで歯の抜けた子が何人かいるので、抜けたら生えてくると思っているようだ。しかし、抜いたところより、グリグリされた歯茎の方が痛い。がまんできそうな鈍痛が続き、頭まで痛くなる。それに、抜いた所を気にして、片方で食事を噛んでいたら、全然おいしくない。おいしさって、全部の歯で噛む事で感じるんだと発見した。歯は大事なんだな。

日曜日は、天満橋Raw TracksでShakee'sのライブ。それまでには治して、バッチリのプレイを披露しなけりゃ!

ルート12010年07月12日

1987年11月4日の(絵?)日記より

¡Viva España!スペインが悲願のワールド・カップを制したようで、半分スペイン人の私も嬉しい!元々ヨーロッパではサッカーは盛んだが、スペインは特に熱狂的な国のひとつだ。各地方にチームがあり、試合の中継にはバルと呼ばれる居酒屋に集まり、みんなでテレビに釘付け。昔、友達の家から帰る途中。まだ宵の口なのに、通りにはなぜか人がいない。しばらく歩いていると、突然あちこちから「ウォー!」言う叫び声とともに、拳を握ったおっさんがバルから飛び出してきた。「暴漢?」バルを覗いてみると、スペインがゴールを決めたようだった。今日はすごい騒ぎだろうな。

昨日は一日仕事。か〜やさんに手伝ってもらい、去年を上回る成績を残せた。会場に向かう途中、国道170号線から163号線に入るところで、なぜか国道1号線の表示が。おかしい。1号線は中振から大日まで寝屋川バイパスのはずでこんな南は走っていない。なぜだろう?と言う事で、帰りにその道を走る事にした。新たに見つけた国道1号線は、ずっと第二京阪の下を走っており、信号も少なく快適だ。従来の1号線で走らない山の近くやトンネルとかを抜けていく。揺れ名人の家もこの辺りかな?などと話しつつ、さっさと久御山についてしまった。

早い!途中1車線になるところで渋滞もしそうだが、信号の少なさがカバーするかな。それにしても、これが1号線なら、今までの1号線はどうなるのか?もっと昔は、淀川沿いの道を「旧1号線」と呼んでいたが、そうなる運命にあるのだろうか?そう言えば、家の近くの国道24号線も、いつ間にか大久保バイパスを24号線と呼び、槙島から城陽までの旧24号線は、府道69号線になってしまった。ところが、まっすぐ奈良まで続いているのは24号線で、奈良への道を素直に24号線をたどると、えらく遠回りになる。それとも、京奈和道にも側道が通ったのか?まあどうでもいいか。

話を1号線にもどすと、今の1号線も、今回新しい1号線が出来た事によって、名前が変わるかもしれない。しかし、新しい1号線はバイパスで、ほとんど高架か防音壁に囲まれており、店がない。だから、今までの1号線が、それによって廃れる事は無いんだろうな。後の疑問は、大阪側はどこへ、どこまで通じているのか?今度大阪へ行く時には、ここを通って検証してみよう。

何が下がって、何が上がった?2010年07月09日

先日こんな営業が来た。「電気メーターを、新型のデジタル式に取り替えると、ガス代が安くなります」??全くもって意味不明だ。こんな意味不明なことを言う奴からは、じっくり話を聞いてやらにゃあと、ドアを開けた。

40前後の、とても人の良さそうな奴だ。新型メーターの写真を見せながら「こちらの新型メーターに取り替えていただくと、ガス代が月平均6000円以上お使いのご家庭は、ガス代がお安くなります。ただいまの期間、こちらの地区の無料取り替えに寄せてもらっています。」と、いかにも関西電力が機械のグレードアップに来たかのように話して、取り替え承諾書にサインしろと言わんばかりに差し出してくる。だが、なぜ電気のメーターを替えてガス代が下がる??

「それはですね〜」とパンフを出して説明を始めた。「ガス代の8割近くは給湯に使われているんです。レンジなどで調理に使う分は、毎月1000円程度なんですよ。だから6000円以上ガスを使っているご家庭は、ガスを調理分だけにすれば5000円ガス代が下がるわけです。」そしてガスは何立方メートル以上使うと値段がどうたらとか、電気は時間帯によって値段がかんたらとか、細かい数字を出して説明し始めた。だが、肝心の疑問には答えていない。

「なんで電気のメーター替えてガスが下がるの?」そう、関西電力のメーターを替えて、なぜ大阪ガスが安くしてくれる?「それはですね、ガスの給湯部分を電気に置き換えるわけです。」「オール電化?」「違います。ガスが好きという方のために、レンジの調理部分だけを残して交換するので、オール電化ではありません。ガス給湯器を取り外して、電気給湯器を取り付けます。」「それやったら、お湯貯めるタンクも要るやろ?」「よくご存知ですね!それも取り付けていただきます。」・・・何となく見えてきた。

「その機械、全部ただで付けてくれるの?」「いや、工事費は無料ですが、機械代として電気料金に毎月5000円上乗せさせていただきます。ですから、ガスを6000円以上使っているご家庭は、調理分1000円を差し引くとお得になるんですよ」と、そうするのがもっともだという話しっぷりだが、「それって、機械付けるのに月5000円のローン組むのと同じちゃうの?」と訊くと、曇った表情で「そう言う事になりますね・・・」そこで話は終わり。お引き取り願った。

しかし、要点ぼかして、さも、そうするのが当たり前ですってな話し方をされたら、うっかりサインする人いるだろうな。危ない、危ない。

アイ・ワナ・ノウ...32010年07月08日

どう言う状況なのか、いまだに謎のジャケット

日々進化と言うか、試行錯誤で変わっていく第3回フォリナー・セッション in OsakaのHP。まだまだ参加受付中!

1979年、3枚目となるヘッド・ゲームス (Head Games)をリリース。このアルバムから、ベーシストが元ロキシー・ミュージックのリック・ウィルスになります。インパクトのあるジャケット・デザインがキリスト教徒の反発を招き、出荷停止になった地域もあったそうです。それが影響したのが、売り上げは前作ほど伸びず300万枚(現在まで500万枚以上)にとどまりました。それでも、アルバム・チャートは全米5位まで上がりました。

  • 「ヘッド・ゲームス(Head Games)」
  • A面
  • 1. ダーティー・ホワイト・ボーイ (Dirty White Boy)
  • 2. 真夜中の電話 (Love On The Telephone)
  • 3. 女たち (Women)
  • 4. 反逆の夜 (I'll Get Even With You)
  • 5. 17 (Seventeen)

  • B面
  • 1. ヘッド・ゲームス (Head Games)
  • 2. モダン・デイ (The Modern Day)
  • 3. 科学の影に (Blinded By Science)
  • 4. 灰色の別れ (Do What You Like)
  • 5. レヴ・オン・ザ・レッド・ライン (Rev On The Red Line)

彼らのアルバムで、私が最初に買ったのがこのヘッド・ゲームスでした。1曲目の「ダーティー・ホワイト・ボーイ」のイントロを聴いたときの衝撃は、忘れられません。カッコ良かった。イントロと言えば「反逆の夜」と「ヘッド・ゲームス」の練り込んだイントロは最高です。一方、今までのヒット・アルバムに対してのメディアの反応、いわゆる産業ロックと言うレッテルを気にして、「ダーティー・ホワイト・ボーイ」「女たち」「17」などのストレートな曲調のものも取り入れたとミックは語っています。また、クイーンやジャーニーのプロデュースで有名な、ロイ・トーマス・ベイカーを起用した事により、今までより明るく仕上がっており、バランスの良い出来だと感じるアルバムです。

シングルも「ダーティー・ホワイト・ボーイ」が全米12位。「ヘッド・ゲームス」が、全米14位。「女たち」が、全米41位でした。シングル盤で見てみると、デビューから8曲連続でTop20入りを果たしたのは、ビートルズ以来の記録だったそうで、もし「女たち」が20位以内に入っていたら、ビートルズの記録を塗り替えた事になりますね。

このアルバムから、彼らもプロモーション・ビデオを作成しています。ほとんどが、スタジオ・ライブ的なものでした。まだMTV全盛になる前でしたので、なかなかテレビで見られる機会もありませんでした。ある日、新聞のテレビ欄に「びわ湖放送:天気予報フォリナー」と書いてありました。なぜ、天気予報でフォリナー??疑問は膨らみますが、うちではびわ湖放送など映りません。しかし、テレビのチャンネルを微調整すると、点描の様な画像で受信する事ができました。そしてある日、ついに「天気予報フォリナー」を見ることができました。そこには、ヘッド・ゲームスの曲とPVをバックに流す天気予報が!苦労してやっと見られた彼らの姿は、はっきり見えなかったけどはっきり憶えています。